Cool Struttin’ / Sonny Clark
2017/7/26
2017/11/5
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ソニー・クラークの代表作であるばかりでなく、ハードバップを代表する名盤。
Album Data
クール・ストラッティン / ソニー・クラーク
Cool Struttin’ / Sonny Clark
Track listing
- Cool Struttin’ – 9:23
- Blue Minor – 10:19
- Sippin’ at Bells (Miles Davis) – 8:18
- Deep Night (Charles Henderson, Rudy Vallée) – 9:34
- Royal Flush – 9:00 *
- Lover (Lorenz Hart, Richard Rodgers) – 7:01 *
Except where otherwise noted, tracks composed by Sonny Clark.
* Bonus tracks on CD reissue:
Personnel
- Sonny Clark – piano
- Jackie McLean – alto saxophone
- Art Farmer – trumpet
- Paul Chambers – bass
- Philly Joe Jones – drums
Recording Data
- Recorded January 5, 1958.
- Produced by Alfred Lion.
こんな方におすすめ
全ての人におすすめできる快作。結構激しい演奏もあるが、うるさく感じる事はない。いかにもジャズらしいジャズなので、はじめてジャズを聴くという方に特におすすめである。ジャケットを含めてとても有名な1枚。
さらっと聴いた感じ
全体的にもの悲しく哀愁を帯びているのに、なぜか軽快でクール。ちょっと都会的な印象もある。そしてとにかくシンプルなメロディとリフレインがとっつきやすい。テンポの遅いバラード曲が無いのに、落ちついた雰囲気もある。激しさもあるのだが、あまりドラムが印象に残らない。これは録音のせいもあるかもしれない。
じっくり聴いた感じ
Cool Struttin’
テンポが遅め(110ぐらい)で落ち着いた印象のブルース。メジャーなのかマイナーなのかはっきりしない中性的で怪しげな雰囲気が非常に良い。
クラークのソロは閃きに満ちたもので、やはりブルースは得意そうである。ブルース特有のブルーな雰囲気は、クラークのヴォイシングにその秘密があるのだろう。管楽器ソロの後ろでとても印象的で積極的なコンピングをしている。
そのコンピングをモチーフとして使うファーマーのクールなソロが秀逸。ファーマーは16分音符より短い音をほとんど使わず、モチーフを発展させていく手法でフレーズを組み立てる事が多い。
マクリーンのソロは、マクリーンらしく歌っていて、とてもいい。
その後、再びクラークのソロになる。その構成がすばらしい。音数の多い高速フレーズ、ブルージーなフレーズ、そしてモチーフの発展によるフレーズと48小節の中に多彩なアプローチで単調さがない。さらにソロの終わらせ方も素晴らしい。
チェンバースのベースラインだが、テーマではかなり動きがあり、ソロの序盤は2ビートにしたり、色々を変化をつけている。ベースソロはたった1コーラスと短いもので、1コーラスのウォーキングベースでタメを作った後でテーマに戻る。しかしこのウォーキングベースが2拍後ろにズレているように聴こえる。そのズレはクラークのバッキングを聴くことで即座に修正されている。このベースソロは必要だったのか?特にその前のクラークのソロの終わらせ方が秀逸なだけに、そのままテーマに行ったらバッチリだったのに、という気がしてならない。しかしそれだと、”Hot Struttin'”になってしまうという事か。クールに抑えてテーマに戻りたい、という意図だったのかもしれない。
Blue Minor
AABA形式で32小節のシンプルな曲。全体的に哀愁が漂うが、特にリズムが変わるサビの悲しげな雰囲気がよい。コード進行がブルージー(G7 → C7 → Fm)で、同じ繰り返しが多いので単調なアドリブになりやすい曲である。
まずマクリーンのソロであるが、フレーズが引っ掛かって出てこないように聴こえる場面が、前半に多い。またフレーズ終わりが途切れてしまうこともあるが、後半は持ち直して情熱的なマクリーンらしいフレーズが飛び出す。だが、あまり調子は良くないと思う。
一方、ファーマーは好調で素晴らしい。こういった雰囲気のソロを得意としているのだろうか。モチーフ展開が上手くシンプルな曲でも平坦にならないのだろう。良いアドリブなので自然とクラークとフィリージョーのコンピングが活発になっている。
続くクラークのピアノソロが4コーラスあるが、ほぼシングルトーンで通すので少し平凡に感じられる。
Sippin’ at Bells
マイルス・デイビスがチャーリー・パーカーと一緒に仕事をしていた頃に作ったアップテンポ(213)のブルース。そのため、マイルスの曲ではあるが、パーカーの曲のようにメロディとハーモニーが複雑である。このアルバムでは哀愁のあるクールでファンキーな曲が目立つが、この曲はホットなビバップ曲である。ブルースと言っても細分化されたコード進行のモダンな曲なので、起伏の激しいビバップフレーズを期待するところである。構成はクラークが7コーラス、マクリーンとファーマーが8コーラスのソロを取る。その後チェンバースの2コーラスの短いソロがあり、その後またマクリーン、ファーマー、クラークが2コーラスの短めのソロをしてテーマに戻る。長々とソロをするより2回に分散してソロをする方が、聴いてる方は変化があっていい。
さて、アップテンポでコードチェンジの激しい曲なので、これまでの曲のように簡単ではない。はたしてテーマのコード通りにアドリブをしているのか?答えは「最初のちょっとだけ」である。長いソロを取るクラーク、マクリーン、ファーマーの3人とも、最初の2コーラスぐらいは転調の激しいコードでアドリブをしているが、徐々に普通のブルースのコード進行に戻っている。チャーリー・バーカーの時代にブルースのハーモニーは細分化され、様々な代理コードで置き換えられ複雑になったと同時に、様々な可能性が見出され面白くもなった訳だが、ハード・バップの時代になると、それだけではない面白さが加わった事がよくわかる演奏になっている。
ソロの内容はクラーク、マクリーン、ファーマーが3人ともすばらしい。
クラークはビバップフレーズ中心で素晴らしい演奏である。バド・パウエルが良く使っていた特徴的なリックを何回か使っているのがわかる。
マクリーンは、このアルバムではちょっと調子が悪いと思える場面があるのだが、この曲では素晴らしい。マクリーンのスタイルはファーマーの端正なスタイルとは全然違って、いい意味で何も考えてない感じがする。勿論何も考えてない訳ではないだろうが、やはりアルト奏者はチャーリー・パーカーという神様的存在の影響を受けつつも、それに似すぎるのも良くない、という難題に直面しているはずである。しかし、この曲は典型的なビバップの曲なので、パーカー的な部分をある程度出しても問題ない。その為、マクリーンは自分の個性を出しつつも、おそらくコピーしまくったであろうパーカー的な部分を出して伸び伸びアドリブしている感じである。
ファーマーはビバップの印象は薄いが、素晴らしいビバップフレーズを次々と繰り出している。さらにソロ後半になると、お得意のモチーフ展開フレーズをうまく織り交ぜて絶品のソロとなっている。
次にチェンバースのソロだが、なぜアルコを使うのだろうか。ソロ入りとソロの後ベースの音が鳴っていない空白が出来る。これは弓を持ったり離したりする必要があるからだろう。
フィリー・ジョーのドラムは終始かっこいいので注目して聴いてみよう。
Deep Night
哀愁の漂うマイナー調ながらテンポは186で軽快な曲。テーマは管楽器が入らずにピアノトリオで演奏される。その為、フィリー・ジョーは最初ブラシを使っているが、ピアノソロが終わりファーマーがソロに入るところでスティックに持ち変えていて、曲の華やかさが変わる。これがシンプルながらいい演出効果をもたらしている。
この曲で特筆すべきはマクリーンだろう。リーダーのクラークより長い4コーラスのソロを取っているが、情熱的に歌っていて本当にこの曲の雰囲気にピッタリで素晴らしいアドリブである。誰なのかわからないが、気持ち良くなって「う~っ」「んが~」とか唸っているのがかすかに聴こえる。フィリージョーがノリノリのコンピングをしているので彼かもしれない。ただ、この声にびっくりして何か考えたのかフレーズが出てこない場面がある。
マクリーンの素晴らしいソロの後、またピアノソロが1コーラスだけ入り、ドラムソロが1コーラスある。フィリージョーはノリノリで、いいソロをする。しかも時間を測ってみて気付いたがタイムキープが完璧である。その後テーマに戻るが、ここではブラシに持ち変えずスティックのまま演奏している。この曲はイントロもいいし、テーマの後のインタールードも効果的でエンディングもいい。完成度が非常に高い1曲。
Royal Flush
煌びやかなイントロとテーマメロディを持ったAABA形式の曲だが、サビに哀愁があるのがソニー・クラークの曲らしい。テンポは179。イントロとエンディングは同じメロディだが、イントロは6小節となっている。シンプルなモチーフを繰り返すテーマのメロディはとっつきやすい。曲自体はとてもシンプルである。
テーマが終わるとマクリーンからソロに入るが、あまり調子が良くないのかフレーズが途切れ途切れだったりする。
次のファーマーはやっぱりモチーフ展開が中心のソロでとてもよい。そのモチーフにクラークも合わせる3コーラス目が特に印象的である。
クラーク、チェンバースとソロをとるが、ベースは普通にピチカートでソロを演奏している。やっぱりその方がいい。
フィリー・ジョーの短いソロがあるが、これがまたいい。
Lover
テンポ300の激しい曲。ドラムによるイントロで始まる。そしてリーダーなのにクラークのソロはなし。AABA形式で各楽節の最後の4小節はドラムブレークになっている。これはドラムが主役の曲という事だ。サビは4拍3連という3連符を4個づつグルーピングしたもので一種のポリリズムである。12小節が4拍3連で、のこり4小節は元に戻ってドラムのブレークである。
テーマが終わるとマクリーンのソロだが、こんなに早いテンポをものともせず素晴らしいフレーズが飛び出すが、後半なぜかフレーズが出てこなくなるのが惜しい。ファーマーのソロは途切れることは無いが、最後の方はモゴモゴしてしまう。このテンポは相当難しいだろう。その後ドラムソロを経てテーマに戻る。エンディングもドラムが主役である。こういうのもかっこいい。
アルバムを通しての印象
クラークのピアノは、他のピアニストた場合と比べるとソロの音域が低い(ウィントン・ケリーやオスカー・ピーターソン等と比べるとわかりやすい)。クラークはソロパートをほぼシングルトーンでアドリブするが、その音域が低いために「重いタッチ」などと表現される事がある。ブルージーとかレイドバックなフィーリングとか、そう表現される事が多いが、それは8分音符を3連符ではなくイーブン寄りで弾く、というのもあるだろう。また、右手のシングルトーンを低い音域で弾く為、左手の音数が少なくなる。クラークの左手はかなり個性的。とにかく音量が小さくて控えめ。歯切れよくスタッカートで鳴らす事はない。しかしバッキングに回った時は積極的なコンピングを見せるタイプで、ソロイストの間を埋めるというよりは、煽るタイプである。特にアート・ファーマーのモチーフを展開するアドリブでは、そのモチーフのリズムパターンを使ってコンピングしているのが印象的である。
アート・ファーマーは、モチーフを展開するフレーズが多い。これはマイルスの影響が大きいのだろう。マイルスもそういうタイプで少ない音数で説得力のあるアドリブをする。ビバップとハードバップはどこが違うかと言えば、こういったところである。テンポが300の”Lover”ではモゴモゴした感があるのでクリフォード・ブラウンやディジー・ガレスピー程のテクニックは持っていないのか,,,というか彼らと比較するのは酷というものだ。ファーマーはどの曲でも安定して質の高いソロを提供している。極めて優れたインプロヴァイザーだと思う。
このアルバムのジャッキー・マクリーンは、フレーズが出てこない時があるようだ。LPレコードには収められなかった2曲と、”Blue Minor”はあまり出来がよくない。しかし出てくるフレーズはとても魅力的でよく歌っている。アルトサックスのアーチストは間違いなくチャーリー・パーカーの影響下にあるが、マクリーンは、あまりパーカーのような雰囲気がない。これは意図的なものであろう。というのも、ビバップ曲”Sippin’ at Bells”では滑らかで軽快なビバップフレーズが聴けるからである。しかしこの時代のアルト奏者はパーカーとは違う事をしなければいけない訳で、マクリーンはそういう意味で全く違った個性的な表現をしているのである。「泣き節」と呼ばれる独特の情熱的なフレーズが彼の特徴であり、クラークの曲にピッタリとハマる。この「泣き節」は、『倚音(いおん)』の多用、と言う事になるであろう。ビバップやハードバップのコードトーンに基づくアドリブでは、1拍3拍といった強拍に、コードトーンを置くことが多い。しかし、ここに不協和なテンションやアヴォイドノートを使い情熱的なフレーズにする訳で、これはパーカーも得意としたし、それ以前の、例えばレスター・ヤングなども上手く使っていた、という事である。凡庸なフレーズを避け、自分のスタイルを模索しているからこそ歌が出てこない時があるのかもしれない。
ソニー・クラークの曲と、彼のアドリブの哀愁、物悲しさなどをそのままコンセプトにしたようなアルバム。これはプロデューサーのアルフレッド・ライオン、録音エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーも含めた全てのメンバーが、同じ方向を向いて作り上げ、その結果素晴らしい作品が生まれた、という事だろう。フィリー・ジョー・ジョーンズのドラムは結構激しい方だが、あまり目立たないのはそういう理由からだろう。
分析
ソニー・クラークのコンピング
“Cool Struttin'”には、メジャーなのかマイナーなのかはっきりしない中性的で怪しげな雰囲気があるのだが、その要因を考えるとクラークのコンピングにあると思われるので、ちょっと音をとってみた。するとこうだった。
これは管楽器ソロの時に弾いているヴォイシング。コードの長3度と短3度を同時に用いるのはブルース特有のヴォイシングである。短3度は♯9テンションではなく、ブルーノートを表現するためのものである。ちなみにこれはクラーク特有のものではなくて、ブルースでブルーノートを表現する時に前の時代からよく使われていたヴォイシング(詳しくは『ブルーノートスケール』を参照)である。
アート・ファーマーのアドリブ
“Blue Minor”でアート・ファーマーが素晴らしいアドリブをしていると思ったので耳コピしてみた。ソロの長さは3コーラス。リズムとピッチに狂いがないし細かいフレーズも少ないので、比較的音をとりやすかった。
モチーフによるアドリブ
耳コピするまでもなく分かる事だが、ファーマーはモチーフをよく使う。それがビバップフレーズと混在している。最初のコーラスの1~8小節を見てみよう。
最後の音だけ異なる6音のモチーフを4回繰り返している。これは耳に残りやすい。5小節目と6小節目もモチーフである。コードの3度から上がって、オクターブ上の3度から同じリズムで下ってくる。そして7小節目のツーファイブはアプローチトーンとアルペジオを組み合わせたビバップフレーズ(詳細は『チャーリー・パーカーの特徴1~アプローチトーン~』参照)である。ここではきっちり1拍と3拍の強いリズムでコードトーンを置いている。だだしアルペジオの最初のE音はC7の3度であり、ここからC7と考えてのフレーズである。
もうひとつモチーフの例を。最初のコーラスの25~32小節。
最初の4小節は、GとB♭の2音を中心にモチーフを組み立て、それにAを加えた3音しか使っていない。6小節目はスケール、7小節目はアルペジオである。そして8小節目はコードトーンではないGに解決している。これはモチーフのつづきである。8小節通してG音(赤丸で囲んだ音)を中心にアドリブを展開している。
また8小節目にコードの6thであるD音がある。このアドリブで頻繁に使われている。ここで使うスケールは、ナチュラルマイナーでもハーモニックマイナーでもなく、メロディックマイナーかドリアンという事だ。モダンで洗練されているように聴こえるひとつの要因だろう。
バップフレーズ
最後にビバップフレーズを見てみよう。最後の3コーラス目の最初の8小節。
これを見れば8分音符が多いことがよくわかる。そういう箇所を抜き出したのもあるが、アドリブ全体でも16部音符はほとんど無いし3連符がたまにある程度なので、モチーフを使わない箇所は8分音符の羅列に陥りがちである。ここではスケールで上がったり下ったりが多く、そのため比較的マイルドな印象を受ける。
ここでB.N.と書いている部分はブルー・ノートである。C♭で示しているが、実際にはB♭とBの間の音である。意識して時折この音を使っているようだ。
アート・ファーマーのアドリブの印象
耳コピして分析してみると、やはりモチーフをうまく使っている事がよくわかる。モチーフを使ったアドリブと言えば、まず頭に浮かぶのがマイルスだ。ファーマーはマイルスと親交があったそうだ。よくマイルスにトランペットを(1回10ドルで)貸していたと、マイルスの自叙伝に書いてあった。よくおクスリを服用しながら音楽について語り合っていたそうなので、当然マイルスの影響もあるのだろう。
またビバップフレーズは、あまりチャーリー・パーカー的ではない。パーカーと比べるとアプローチトーンと16部音符が少ない。しかしフレーズは端正で聴きやすい。
そして広い視野を持ってアドリブしている事がわかる。これは相当レベルの高いアドリブである。よく考えられた知的なアドリブだと感じた。まじめな人なのだろうと思う。
ジャッキー・マクリーンのアドリブ
“Deep Night”でジャッキー・マクリーンが素晴らしいアドリブをしていると思ったので耳コピしてみた。その採譜した譜面を見ているとダメさに気づきはじめた。しかし、ダメだと譜面上で思う箇所が結構あるのに、聴いていると心地よいのである。そして徐々にその凄さに気づきはじめた。はっきり言ってこれは得体の知れないアドリブである。耳コピして心底良かったと思う。
では、ダメだな~と思った事から見ていこう。
同じフレーズを何度も使う
フレーズ1は全く同じ形で4回、少しリズムが異なるものを含めると6回も使っている。しかも全部同じような使い方。楽節最後でフレーズを開始する時に使う。フレーズ2に至っては7回も使っている。
フレーズ3は少しづつ形が異なっているが6回も出てくる。中盤から後半にかけては、こればっかりである。
こんなにも同じフレーズを何回も使っている。採譜するとすぐに気付くのだが、じっくり聴いてて気づかない自分に驚いた。
ハーモニーを無視したフレーズ
ビバップでは細分化したハーモニーを感じさせるフレーズが良いとされる。しかしそれでビバップは行き詰まった訳だが、ハード・バップ時代のインプロヴァイザーでも、ある程度はコードに則した音を出すものである。ただし、コードが複雑な場合はコードに囚われずにメロディを優先させる方が良くなる場合が多い。しかし、この曲はシンプルである。Aメロのコードを以下に示す。
4小節目に|E♭-7 A♭7 |というコード進行があるが、これはセカンダリードミナント(A♭7)をツーファイブに分割したものである。ジャズではよくあるコード進行で、別にF-でもいいじゃないかと思うかもしれない。しかし、この前の3小節にF⇒E⇒E♭というクリシェ・ラインが存在するので、次にE♭-7へと進むのが自然である。
さて、マクリーンがこの4小節をどのように演奏しているのか。その答えは、Fハーモニックマイナー一発である。スケール一発で押し通してしまうやり方は楽だし簡単なので、実は初心者がよくやってしまうことであるが…しかし、この頃マクリーンは既に巨匠クラス。そういった事をやっているのは驚きであった。
でもまぁ、セカンダリードミナントを無視するのはぎりぎりセーフかなぁ。だがしかし、Bメロに問題の箇所が出てくる。Bメロのコードは以下の通り。
3~4小節にかけて|E♭-7 A♭7|D♭|というケーデンスがある。これはD♭メジャーに転調して演奏しないと、かなりおかしくなる。ではマクリーンはどう演奏したのか。
これはすばらしい。この曲で唯一のチャーリー・パーカー的なフレーズ。前半のアルペジオにG♭があるのでD♭キーへの転調を示している。後半のB♭音からA♭音へのダブル・クロマティックアプローチ、C音への跳躍などが、パーカーを彷彿とさせる。しかし次の例はまずいのではないか。
勿体ない空白。
これは勿体ないを通り越して不自然な空白である。
G音とE音がフラットしていない。つまり、Fハーモニック・マイナーで通してしまっている。これではメロディを優先する為に、ハーモニーを感じさせるビバップフレーズを使わない、という言い訳が通用しない。これはダメでしょ。だからじっくり聴いた時の、調子が悪いのではないか?という判断は間違っていなかった。
このように、ダメなところはある。しかし僕はこの演奏を聴いて心地よかったし、いいと思ったから耳コピーしたのである。多少の音の空白は気になったが、正直このアルバムで一番のソロである。
ジャッキー・マクリーンの凄さ
1950年代のハード・バップ時代のジャズ・ミュージシャンは、ビバップのコードトーンを中心としたアドリブに限界を感じ始めていて、モチーフを発展させるフレーズをビバップフレーズと共に使い出した。マイルス・デイヴィス、ソニー・ロリンズ、ビル・エバンス、そしてこのアルバムに参加しているアート・ファーマー、勿論ソニー・クラークも、そういったスタイルである。先のファーマーのアドリブ例を見ていただければ、それは一目瞭然である。
しかし、ここで聴けるマクリーンは彼らとは異なるタイプである。採譜した譜面を眺めていると、ビバップフレーズとモチーフが少ない事に気付く。
これには驚いた。
アドリブを良くしようと思うとモチーフに行きつく。しかしマクリーンは、みんながやる事をしたくなかったのではないか。しかも、ビバップ・フレーズを封印したいという意思が感じられる。
マクリーンはパーカー系と言われるが、このアルバムではパーカーのスタイルから距離を置こうとしているように感じられる。
となると、マクリーンの良さは何か?その答えは、至ってシンプルである。フレーズが歌っている。これに尽きる。
マクリーンの凄さは、「歌う」事だけで勝負しているという事ではないだろうか。
何度も同じフレーズが出てきたり、変な空白がぽつぽつとあるのに、しかもビバップ・フレーズもモチーフの展開という技も使っていないのに、すばらしいと感じるアドリブ。
使われる音符の長さは、実に変化に富んでいる。8分音符ばかりになる事があまりない。人間的で自然なフレーズが多いという事である。いくつかマクリーンの素晴らしいフレーズを挙げてみる。
8分音符だけでなく、4分音符と付点4分音符も使っている。D♭-のコードではブルーノートのB音を強調している。次のフレーズは数少ないモチーフを使ったフレーズである。
これは1~3小節で同じリズムを3回繰り返している。リズムを固定したモチーフであるが、こいうったものが他にも幾つかある。ちなみに4小節目の| E♭-7 A♭7 |は、Fハーモニック・マイナーで押し通している。次の例は、とにかく歌心に溢れている。
モチーフを使っていない訳ではないが、それは意図的では無いような気がする。そもそもモチーフは、よいフレーズを作れば自然に発生するもので、モチーフを使ったから良いフレーズになる保障はない。この頃のマクリーンがモチーフについてどう考えていたか知りたいものである。
モチーフについては、アート・ファーマーというモチーフ大好きトランペッターが共演しているので、比較して聴いてみると面白い。
気になる証言
『ブルーノート・レコード/リチャード・クック』という単行本の中でマクリーンの気になる発言をしているのを見つけた。
「私の演奏が熱っぽいのは、何かをやってやろうと思っていないからだ。」
なるほど。モチーフを使おう、ビバップフレーズを使おう、とか、曲の真ん中あたりで盛り上げて…とか、要するに何も考えずにアドリブをしているような印象を受ける。だからこそモードに手を出さずフリーに寄って行ったのかもしれない。
マクリーン節-倚音と先取音
このアルバムにおけるマクリーンの最大の特徴は、すでに書いた通り「何かをやってやろうと思わないで」とにかくフレーズを歌わせる事だと思う。しかし多くのレビューを読むと、泣きのマクリーン節などと表現されている。その独特の歌いまわしについて考えると、それは倚音や先取音という事になるだろう。
倚音(いおん)はチャーリー・パーカーがよく使っていた。
赤色で示した通り、アボイドから3rdへ解決する。
このようにピアノが3-7ボイシングしていたら短9度音程が発生し、その強烈な不協和を利用して緊張感をつくり出す。
では次にマクリーンの倚音はどう使っているのか。
これは9thからルートへ解決。ピッチが下から上へ微妙に変化している。マクリーンはこのように倚音に微妙なピッチ変化を加えて泣き節を作り出していることがわかる。
これはソロ最初のフレーズ。倚音は使っていない。しかしピッチが下からまくりあがるので倚音のような効果を出している。
マクリーンは先取音(せんしゅおん)もよく使っている。先取音は、次のコードの最初のコードトーンを先取りするような音。
次のコードGφの11thを前の小節から始め、結果的にアボイド(A♭音)からフレーズが始まるので緊張感が高くなる。先走ってフレージングしているだけかもしれないが、マクリーンはこれが結構ある。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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